暮らしに役立つ 医療のおはなし 35
慢性呼吸不全と在宅酸素療法  やなせ内科呼吸器科クリニック院長 柳瀬 賢次
図−1 肺のはたらき
金芳堂『慢性呼吸器病の
日常管理』より

肺気腫の治療では、何よりも禁煙が最初の一歩になります。
最後に、禁煙の重要性と肺気腫の治療についてご紹介します


■肺と気管支の働き
 人間は生きていくのに食べ物が必要です。でも、食べただけでではだめで、食べ物の中の栄養分と酸素が身体の中で反応してエネルギーを生み出すことが必要です。このエネルギーで心臓や筋肉や腸などが動いています。
 エネルギーを生み出した後にできる老廃物が二酸化炭素と水です。水は尿として捨てられ、二酸化炭素は息を吐くことで肺から捨てられます。吐いた息の中には沢山の二酸化炭素が含まれています。肺と気管支の働きは、全身から肺に戻ってきた老廃物である二酸化炭素を身体の外に捨て、空気中の酸素を血液の中に取り込み全身で利用してもらうことです(図-1)。
図−2 酸素飽和度の測定
(酸素飽和度
モニタ装着例)
■慢性呼吸不全
こうした肺や気管支の働きが低下して、動脈血の中の酸素(PaO2)が60Torr(以前はTorrではなくmmHgで表していました)以下となった状態を呼吸不全と言います。普段の診察で、器械(図-2)で指先をはさんで体内の酸素が不足していないかを測定していますが、これは「酸素飽和度」といって酸素飽和度90%=PaO2 60Torrに相当します。ですから、酸素飽和度が90%ぐらいになったら呼吸不全に陥っている可能性があります。慢性呼吸不全とは、呼吸不全の状態が1ヶ月以上続くものをいいます。
■慢性呼吸不全の原因
慢性呼吸不全の原因には、様々な呼吸器疾患があります。以前は結核後遺症が多かったのですが、現在ではその割合は低下しており、2005年の在宅呼吸ケアー白書ではCOPD(喫煙を原因として起きる肺気腫・慢性気管支炎など)48%、肺結核後遺症18%、肺線維症15%、肺癌5%、その他14%となっています。
図−3 鼻カニュラの構造
金芳堂『慢性呼吸器病の
日常管理』より
■在宅酸素療法(HOT)
 慢性呼吸不全の原因となった疾患に対する薬による治療やリハビリを行っても呼吸不全の状態が続く場合には、在宅酸素療法が必要となります。酸素を吸入することで大気中の酸素濃度より高い濃度の空気が肺に入り、血液中の酸素不足を解消できます。大気中の酸素濃度は約20%ですが、図-3のような鼻カニュラを用いて酸素吸入すると、吸入酸素1L/分当り4%程度酸素濃度が上がります。つまり、1L/分吸えば酸素濃度は24%に、
図−4 HOT実施症例、非実施症例の累積生存率曲線
メディカルレビュー社『酸素療法ガイドライン』より
2L/分吸えば28%程度になります。
 在宅酸素療法の目的は、第一に、呼吸困難などの自覚症状を軽減することです。その結果、患者さんでの行動範囲が広がり、生活の質が向上することにつながります。在宅酸素療法を始めた頃は、「これで人生も終わりか」と思い込んだり、「人に観られるのが恥ずかしい」と考えて家に閉じこもってしまう患者さんも少なくありません。しかしそれは、実際には「酸素の助けを借りながらの新たな人生」が始まったということです。在宅酸素療法で寿命も長くなることが証明されています(図-4)。息苦しくてできなくなってしまったことに、もう一度チャレンジしてみてください。

 2004年4月より夜間の呼吸の異常を伴う慢性心不全にも在宅酸素療法が適応となり心不全の患者さんの治療にも寄与しています。



発行/萩野原メディカル・コミュニティ