暮らしに役立つ 医療のおはなし 42 |
甲状腺の病気と心臓 やなせ内科呼吸器科クリニック 循環器医師 山下 恭典 人体に甲状腺という臓器があることをご存知でしょうか。名前は聞いたことがあるという方が多いと思います。甲状腺は首の前面で喉仏の少し下、空気の通り道である気管の前面にへばりつくように存在する臓器です。通常は触ってみてもわかりにくいと思います。甲状腺は人が生きていくうえで必須のホルモンを製造して血液中に分泌する(これを内分泌といいます)役割をもつ臓器なのです。 皆さんあまりご存知ないかもしれませんが、甲状腺の病気では、しばしば心臓関連の症状が出てきます。ご自分で心臓病だと思って病院を受診したら内分泌科にまわされたなんてことも珍しくはないのです。今回は「甲状腺の病気と心臓」という内容を概説したいと思います。
■心不全とバセドウ病 今でも鮮明に覚えている症例があります。確か医者になって2年目だったでしょうか。著しい呼吸困難を訴えて緊急入院になった患者さんがいました。救急外来で人工呼吸器が装着されて(それほど呼吸状態が悪かったのです)循環器病棟に搬入され、私が主治医になれと上司の先生から言われました。年齢は40歳代半ばの女性。病状は重症の心不全状態でしたが、今までに心臓病を指摘されたことどころか、通院するような病気をしたことは全くなし。何か変だ。心不全の原因は何か。心エコーという検査をしてみると、心不全なのに心臓の壁(筋肉)は結構しっかりと動いています。でもすごく脈は速い。もしかしたらと思い至急で血液中の甲状腺ホルモンを検査してみたら、とんでもない高い値でした。結局この方は未治療のバセドウ病であり、甲状腺ホルモンによる心臓刺激作用が長期間続いたために心臓が疲弊してしまい、重症の心不全状態になったようでした。心不全の治療とバセドウ病の治療を平行して行って、元気に退院されました。このように甲状腺の病気と心臓は関係があるのです。 甲状腺ホルモンが異常となる病気は大きく分けると、ホルモン分泌が異常に亢進して体の必要量以上に出すぎてしまう甲状腺機能亢進症と、ホルモン分泌が悪くてホルモンが足りない状態の甲状腺機能低下症に大きく分けられます。前者の代表的なものがバセドウ病などです。後者には先天的なものもありますが橋本病が代表的です。男性よりも女性に多い病気です。 ■甲状腺ホルモンの過剰 甲状腺機能亢進症では体を活発に働かせる作用のある甲状腺ホルモンが増加するため、症状は動悸、頻脈、血圧の上昇、息切れ、多汗、暑がりになる、眼球の突出(目つきが鋭くなる)、手や指の震え、体重減少(時には食欲の著しい亢進で体重増加のこともある)、疲れやすい、甲状腺の腫れの自覚、月経異常、高血糖、便通異常、精神的に落ち着かない、まれには発作的な手足の麻痺など多岐にわたります。動悸や頻脈があるので心臓病と紛らわしいときもありますし、他の病気として治療されていることもありえます。未治療のまま病状が進行すると、前述のような心不全を起こすこともあり、命にかかわることもないとはいえません。 ■甲状腺ホルモンの不足 対して甲状腺機能低下症の症状は甲状腺ホルモンが不足するために全体に元気がなくなります。具体的な症状は基本的に亢進症とは逆で、顔面や手足の浮腫、寒がりになる、便秘、声のかすれ、物忘れ、活気がない、脈が遅いなどなどです。これらの症状からは心臓病は疑いにくいですが、病状が進行すると心電図の異常(波形が小さくなる)や、心臓の周りに心嚢水と呼ばれる液体貯留がみられることもあります。症状の内容に特徴的なものがないため、年のせいだと自己診断してしまって医療機関にかかっていないケースもよく見られます。 あなたの日常で当てはまるものはありましたか? いくつか当てはまる人は、一度採血検査で甲状腺ホルモンを測定してみはどうでしょうか。 |
発行/萩野原メディカル・コミュニティ |