暮らしに役立つ 医療のおはなし 54
グラム染色と呼吸器感染症1  やなせ内科呼吸器科クリニック院長 柳瀬 賢次

 前回は、呼吸器感染症の治療を成功させるうえで「病原菌を見つけることが大切であること」、「病原菌を治療開始時点で推定するためには痰のグラム染色法が有用であること」をお話ししました。
 今回は、呼吸器感染症を起こす主な病原菌について説明します。

(1)主な病原菌
 呼吸器感染症の病原体には、細菌、ウイルス、カビなどがありますが、ここでは主な細菌について説明します。

1)肺炎球菌
 グラム染色では青紫に染まる2つの球形の菌がつながって見えます。肺炎の代表的な病原菌ですが、その他に中耳炎、副鼻腔炎、髄膜炎なども起こします。重症化すると死に至ることもあるため、高齢者や抵抗力の低下した方には肺炎球菌ワクチンの接種が勧められています。全国的には多くの自治体で接種費用の一部助成が始まっていますが、浜松市ではまだです。
2)インフルエンザ菌
 「インフルエンザ」というと冬に流行するインフルエンザウイルスのことを連想しがちですが、それとはまったく別の病原体で、ウイルスではなく細菌です。グラム染色では赤く染まる棒状の細菌で、長いもの短いものが入り交じって見えます。呼吸器感染症を起こす頻度が最も高い細菌です。小児や高齢者では髄膜炎を起こすこともあります。
3)モラクセラ・カタラーリス
 グラム染色では赤く染まる半月状の菌が向かい合って並んで見えます。副鼻腔炎、中耳炎、咽頭炎など耳鼻科領域の感染症を起こすことが多く、その領域では肺炎球菌、インフルエンザ菌と並んで三大起炎菌の一つです。気管支炎や肺炎を起こすことがありますが、肺炎球菌と比べると比較的症状が軽いといわれています。
4)黄色ブドウ球菌
 グラム染色では青紫に染まる球形の菌がぶどうの房状に集まって見えます。ヒトの皮膚や鼻腔に住み着いており、「とびひ」など皮膚感染症の重要な病原菌です。また、食品中で増殖し、菌の出す毒素により食中毒を起こすこともあります。呼吸器系では肺炎、肺化膿症、気管支炎などを起こします。
5)緑膿菌
 グラム染色では赤く染まる細い棒状の菌です。気管支拡張症、びまん性汎細気管支炎、慢性気管支炎、肺結核後遺症など慢性の呼吸器疾患をもつ患者さんの気管支に住み着くことがあり、気管支炎や肺炎を起こします。健康な人に感染することは稀です。

(2)肺炎や気管支炎の発症の仕方
 口や鼻腔の中には多種の細菌が定着しており、唾液1?中には10億匹の細菌がいるとも言われております。これらの細菌の中には病原性のあるものも、ないものもあります。人間は、こうした細菌たちと共存して暮らしています。一方、気管支や肺の中は無菌であるのが健康な状態です。ここに細菌が入り込んで繁殖すると気管支炎や肺炎を発症することになります。
 しかし、結核などを除けば、細菌による肺炎や気管支炎の多くは、空気中に漂っている細菌を吸い込んで発症するものではありません。上に紹介した細菌の多くは口や鼻の中に住み着くことがあり、それが、気管支や肺に入り込んで発病します。健康な状態では、気管支に入り込んだ病原菌を殺菌したり痰として排除したりする仕組みが働き、細菌が増殖するのを防御しています。しかし、インフルエンザやその他のウイルスの感染(いわゆるカゼ)が起こると、のどや気管支の粘膜が傷つき細菌の侵入・増殖を防御するシステムが破綻してしまうのです。
 手洗いとうがい、人混みを避ける、バランスのとれた食生活、十分に睡眠を確保するなどの対策で、さまざまな病原体に負けないようにしましょう。

写真はすべて「呼吸 2012年6月号」より



発行/萩野原メディカル・コミュニティ